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ディオゲネスの宴

漫画の紹介と、感想を書いていきます。 『BLAME!』全話紹介&解説を書いて行っているのですが、大分放置しておりすみません。

『とっても!ラッキーマン』と『斉木楠雄のΨ難』と

ガモウひろしとっても!ラッキーマン』は毒のあるギャグ漫画だった。当時子供だった私でもその毒を何となく感じ取っていたし、今改めて読んでみても大人向けな表現やギャグがちりばめられていたりして、この漫画がただの少年漫画ではなかったことをうかがわせる。

 

その中の一つに『とっても!ラッキーマン』のヒロイン奇麗田見代がかわいいだけで性格や頭の良さが微妙だった、というものがある。

 

実はオチに使われがちな不細工です代のほうが、顔以外はヒロインらしい属性を持っているのだ。かわいいだけの奇麗田をヒロインに起用し主人公はこの女性に執着するという構造にするあたり、ガモウの毒が垣間見えるわけだ。

 

ところで、ガモウってのはなんていうか女性に対してなんか嫌なことがあったのか?ってくらいミソジニーっぽい表現が目立つ。大場つぐみがガモウであることを前提とするけども、『デスノート』も『バクマン。』でも、女性の描き方にどこか恨みがある。あるように思う。ま、このあたりがガモウの毒の一要素であるということを、ここではひとまず指摘しておきたい。

 

 私はガモウや木多康昭久米田康治の漫画でギャグ漫画を学んだ世代だ。だからギャグ漫画ってのはどこか毒や闇、影、劣等感のようなマイナスな要素があって、それが原動力となり笑いが生み出されるものだ、と考えていた。

 

だが『斉木楠雄のΨ難』はどうだろう。こうした黒い部分は極力抑えられ、ハートフルな展開が非常に多いことに気がつく。最新刊8巻に収録される海藤と窪谷須の友情が確認されるエピソードなどがその一例だ。

 

ヒロイン照橋心美についても考えてみよう。一見すると『ラッキーマン』奇麗田見代と同質の性格を持っている。すなわち自分が美しいことに過度に自信があり、男を追従させたり高飛車な態度をとることがしばしばある。だけれども照橋は嫌なキャラとしては描かれない。最強の超能力者斉木を設定することで、恋に悩む可愛い女の子としても同時に描かれる(この辺り、麻生周一は非常に巧なのだ)。

 

ギャグ漫画にある暗い部分。これは別に悪いわけではないのだが、これが無くても面白いギャグができることを麻生はこの21世紀において読者に示している。

 

 

斉木楠雄のサイ難 8 (ジャンプコミックス)

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