尾玉なみえ『マコちゃんのリップクリーム』10巻の感想
尾玉なみえという漫画家は、その作品が打ち切りされることが多い。その是非はここでは措くとして、打ち切られるあたりから作品のテーマが迷走し、本当にわけがわからなくなってしまうことは尾玉作品ではよくあることだ。
(ただし、この打ち切り間際のなみえの狂騒が地味に傑作を生みうる素地となることも付言せねばならない。悪あがき、悪ふざけが傑作を生むことがあるのだ。)
さて『マコちゃんのリップクリーム』では、そうしたなみえのデビュー以来の傾向性を真っ向から覆す現象が起きている。
すなわち、10巻も作品が出続けたのだ。バカにしているわけではない。しかしこの現象はなみえに初めて発生したモノだ。
そこでは何が起こっているのか?答えは、キャラが余裕を持って振る舞っている、という点にある。すなわちなみえが落ち着いてお話しを作っているということだ。
10巻ではマコちゃんの家族が中心になる話が2話存在する。家族をテーマにすると、どうしてもステイティックで地味な話になりがちだ。
静かな話なんだけど、重要な点はなみえが自信を持ってそれを送り出している点だ。家族は静かに粛々と面白いことをやる。
穏やかでもなみえらしさは失われないが、問題はそれが穏やかであることだ。常に打ち切りの恐怖におののきびくつきながらキレたナイフのようにギャグを繰り出してきたなみえが、落ち着いたところからなみえ節を展開する。
なみえが作品内においてキャラクターを成熟させることは今までほとんどなかった。その機会がなかった。しかし『マコちゃんのリップクリーム』10巻ではようやくそうした機会を得た。
尾玉なみえは丸くなった、なんてことを言いたいのではない。なみえは自信を持ってどっしりとやっている。連載している。話を作ってる。
なみえ読者にとって実はこの点は全く新しい体験だ。
尾玉なみえという才能をまがりなりにも漫画の世界は手放さなかった。その結果、読者はなみえの成熟を見ることができるのだ。どうしてこれが僥倖ではないだろうか。