ディオゲネスの宴

漫画の紹介と、感想を書いていきます。 『BLAME!』全話紹介&解説を書き終え、現在は浦安鉄筋家族について書いてます。桜井のりおは神。

尾玉なみえ『少年エスパーねじめ』にみる「ツンデレ」現象の萌芽

まず何が言いたいかというと、尾玉なみえは紛れもなく天才だということ。

 

そしてだ。00年代の雰囲気を因数分解したとき、おそらく大きな因数として「ツンデレ」という概念が現れるだろう。「ツンデレ」は概念化され激しく用いられ損耗し、00年代後半には再び伏流水のように地下に消えて行った。そんな「ツンデレ」。詳細はwikipediaに手堅くまとまっている

 

さてこの「ツンデレ」、早くも2002年に尾玉なみえが『少年エスパーねじめ』で鮮やかに描いている。今日はこれを紹介しよう。

 

少年エスパーねじめ』のあるお話 

第17話「少年へび素敵くん」。この話は主人公のサポート役の「へび君」が主役の回だ。この「へび君」と理科準備室にいる幽霊の「森めめんと」(いやさすが尾玉なみえ、すげーネーミングだ。地味にこれマンガ史に残る名前だと思う。)とのやりとりが中心になる。

 

「森めめんと」は小学校の教師「飯岡あん」に、危害を加える危険な幽霊だと勘違いされている。真面目な「へび君」はそうした話を初めは信じて、彼女に人間に対して危害を加えないように諭す。自分のことをただ退けようとする生きた人間たちを目の当たりにして、「めめんと」はさらにへそを曲げてしまう。「へび君」も「めめんと」のそうした態度に怒りを見せ、成仏させようとまでしてしまう。つまり二人は最初はすれ違っちゃうわけだな。

 

しかし「へび君」は、実は「めめんと」が悪い幽霊ではなく、本当は理解してくれる人がいなくてさびしがっていることに気付く。「へび君」はあわてて理科準備室に行って、自分が早とちりで「めめんと」を傷つけてしまったことを悔やむ。そして、彼女がどこかに行ってしまったのではないかととても後悔する。

 

そこに「めめんと」が現れる。「へび君」は安心して「あーーーーまだ成仏してなかったんだ!!」「あーーよかったいてくれて・・・」と「めめんと」に話す。ここで自分のことをわかってくれる人に出会えた「めめんと」は照れちゃって顔を背けて「時々 ここにくるならゆるす・・・」とぼそぼそしゃべるわけだな。うん、ツンデレ

 

 

尾玉なみえの真の実力

混迷を極める話が多くを占める『少年エスパーねじめ』にあって、この話は筋がすっきりしていて逆に異質なお話だ。主人公の「ねじめ」はほとんどでてこない。

 

こうしたところから、なみえは早く「ツンデレ」的なものを持つパワーに着目していて、他の話とは雰囲気が違えど作品として残したかったのではないかとうかがうことも可能だ。なみえの、漫画の未来を占う嗅覚の鋭さを指摘したい。

 

さらにこの「ツンデレ」は、後々大量生産される記号的な「ツンデレ」とは異なり、「なぜツンツンしているのか?」「どうしてツンツンがデレるのか?」というダイナミズムが非常に説得的に描かれる。

 

幽霊ゆえに誤解されてきたから「めめんと」はツンツンしている。理解してくれる「へび君」の真面目な態度、まっすぐな態度があるからデレる。そうした構成が、短い話であるのに非常にわかりやすく示される。アホキャラである主人公「ねじめ」ではなく、真面目な「へび君」をデレさせる触媒に使うあたりからも、こうしたわかりやすさへの配慮がうかがえる。

 

このあたりは、なみえの、物事を説得的に描写する基礎体力が非常に高いことを示す事例だ。なみえはその奇矯な作風ばかりが取りざたされる。もちろんそこもすごいのだが、その背景にはしっかりと人間の感情を構成的に描写しお話しを作れる、高いストーリーテラーとしての実力がある。なみえはそうした描写は基礎的すぎてつまらんのだろう。基礎体力があるのに、その有り余る体力でスポーツをせずいつも洗練された無駄な動きをしている。そんな感じだ。

 

ツンデレ」に話を戻す。やがて2005年ころには「ツンデレ」がネット上ではっきりと概念化され、急速に使い古されていく。大量生産される記号的な「ツンデレ」は、概念だけがぽっかりと浮かび上がり、そののちそのバブルのようにはじけて再び非概念の世界に戻って行った。

 

私たちは、「ツンツンしていた子がデレる」というグッとくるダイナミズムを、昔のように単純には受け入れられなくなってしまった。ではどうすべきか。少なくとも言えることは、「ツンデレ」のダイナミズムを、心理描写など丁寧にして説得的にやってくれれば、納得してその「ツンデレ」にグッとすることができるのではないだろうか。記号的な直截的「ツンデレ」が去り、説得的な描写を含む「ツンデレ」へとシフトさせる。すなわち「ツンデレ」を描写の中で深化させる。これが我々が体験した00年代の漫画経験というものの成果なのではないだろうか。

 

尾玉なみえは漫画において、早く「ツンデレ」の魅力に気付き、しかもその先駆的段階で、今我々がようやく到達するような、説得的な「ツンデレ」を描いてみせた。しかも短い話で。

 

尾玉なみえツンデレ」に対し最古級であり最新なのである。まったくなみえは恐ろしい。

 

 

少年エスパーねじめ 1 (1) (ジャンプコミックス)

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少年エスパーねじめ 2 (ジャンプコミックス)

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