ディオゲネスの宴

漫画の紹介と、感想を書いていきます。 『BLAME!』全話紹介&解説を書き終え、現在は浦安鉄筋家族について書いてます。桜井のりおは神。

シドニアの騎士11巻の感想

12巻の感想はこちらです

 

 

 

弐瓶勉は多分「ヒロイン候補」にこれから残酷なことをすると思うよ。

 

シドニアを彩る「ヒロイン候補」

シドニアの騎士』は弐瓶勉サイバーパンクSFの最新鋭の実践の場だ。人間という存在が大きな科学力の前で変形され、一般的なあり方では一切いられなくなる。これが『BLAME!』以来精力的に作品を出し続けてきた弐瓶の到達した固有の「場」だ。

 

しかしその「場」は、現在隆盛を見せている「萌え」的文脈を決して排除するものではない。むろし弐瓶は積極的に「萌え」文脈をソリッドなSF世界に組み込もうと心を砕く。本作では主人公谷風の周りに様々なかわいい女の子を配置して、極めて「今風」の作風を獲得している。以下に、『シドニアの騎士』のハーレムを構成する「女の子」「ヒロイン候補」たちを紹介しよう。

 

科戸瀬イザナ:両性具有キャラ。主人公谷風に魅かれて女の子に傾く。でも中性的。中性であることの悩みを谷風にぶつける。

 

緑川纈:人間。妹キャラ。適性があり指令官的立場に。頭が良いから谷風とまわりの「ヒロイン候補」がよく見えてしまう。そのために、自身は一歩引いてしまう。矢吹健太郎作品でもそうだがこうした一歩引く「ヒロイン候補」がいるかいないかで、ハーレム作品の深みが変わってくる。グッと変わってくる。

 

サマリ・イッタン:谷風の上司的お姉さん的立場。人間。戦闘ロボット乗りで女丈夫だが、時には弱みを見せることも。そこがグッとくるよね。お酒が似合う女性。

 

仄焔:人口羊水で急速に成長させたクローンの11人の姉妹の一人。ツンデレ?よく谷風に裸を覗かれる。しずかちゃん的属性を備える貴重な存在。

 

白羽衣つむぎ:人類と、敵対する存在であるガウナがまとう胞衣との融合個体。巨大かつ強力なな人造の兵器で端的にいえば宮崎世界の巨神兵的立場。でも女の子口調です。巨神兵っぽい位置づけの存在を、純粋な可愛い女の子風の口調で性格付けする弐瓶の力量は流石のもの。巨神兵がヒロイン候補になる時代になったのだ。これってすごいことだよ。普通に良い子なんだけど、普段の会話のインターフェイスで出てくる触手は「ちんこ」そのもの。可愛い口調なのに、外見は「ちんこ」。繰り返すぞ、こいつは「ちんこ」だ。「ちんこ」。「ちんこ」だ。ちんこ。融合個体という異形の存在だが、わけ隔てなく接する谷風に魅かれていくちんこ。

 

市ヶ谷テルル:11巻で「ヒロイン候補」に名乗り出たキャラクター。端的にいえばロボットなのだ。要は初音ミクなんだよ!弐瓶的な!そしてツンデレ押しかけキャラなんだ。すっげー長身の初音ミク。わがまなな。

 

・・・えーと、『シドニアの騎士』はこうした感じで、主人公谷風のハーレムを、弐瓶の練達されたSF的女子表現から楽しむ構造として捉えても良いだろう。

 

賑やかな「ヒロイン候補」と隠されるヒロイン星白 

しかしだ。私は思う。この漫画の真なるヒロインはあくまでもあくまでも星白閑なのだ。そして弐瓶勉は昨今の漫画・アニメコンテンツの文脈に決して収まりきらないおどろおどろしさを抱えているのだ。

 

星白は作品の極めて初期に、谷風とお互いに好意を寄せいい感じになりすぐ戦死するキャラクターだ。こののち、星白は人類の敵ガウナという存在にコピーされることになる。敵は星白のコピーを3体作る、というか3対敵として星白のコピーが出現する。一体は谷風が倒して、一体は鹵獲され先述の白羽衣の融合個体を作るための母体になる。また一体は谷風の宿敵として立ちはだかるが、死闘の末に谷風とくっついたまま帰艦する。この三体目がどうなっているのかは11巻時点では明らかになっていないが、谷風は死んでしまった星白が敵であるガウナのせいで再び像を結んだり消えたりして、煩悶を深める。

 

ここでいきなりだがピーチ姫のことを考えてほしい。彼女はいつもクッパにさらわれるが、実際ある種これが彼女の仕事なのだ。マリオ世界のヒロインたる彼女は、常に主人公のマリオが追い求める対象となる。このように、えてしてヒロインというのは主人公から隠される要素を持つ。映画『ロビン・フッド』のマリアンなんかもそうだし、漫画で言えばルキア井上織姫もそうした役割を以て作品世界で描かれている。

 

ヒロインは隠され、主人公はそれを追い求める。

 

シドニアの騎士』では、星白がこうした隠され役を担う。本来死んでしまったキャラはもう死んだあとは再登場できないので隠されはしないのだが、ここは弐瓶勉の世界だ。ガウナがコピーすることで、胞衣星白にヒロイン性が継承されている。谷風は敵のガウナがコピーした星白に執着し、好意を寄せる描写がある。しかし胞衣の星白は様々な理由で谷風の元から退けられる。「ヒロイン候補」はたくさんいるのだが、隠されているのは星白だけなのだ。星白は弐瓶的SF世界において巧妙に見え隠れし、谷風は常に心のどこかでは彼女を求める。それが敵がコピーした形質であってもだ。こうした構造がある限り星白が本命ヒロインなのだ。物語は最終的には主人公谷風と、ガウナにコピーされた胞衣星白を中心的な基軸にして終末に向かうのだろう。

 

こうしああたりの弐瓶の試み(物語を大きく動かすための構成)に目を向けず、表層の「ヒロイン候補」の賑やかさ(弐瓶のSF的表現と「萌え」との出会いの真新しさ)だけを留意していたら、弐瓶漫画は単純な萌えハーレムロボット青春漫画になってしまう。そうではない。『BLAME!』以来の人間の形質なんておよそ無視されるような巨大な都市構造や科学技術のおどろおどろしさが、読後にどっと疲れさせるような濃密な世界観が、弐瓶の魅力なのだ。

 

きっと谷風は「ヒロイン候補」のことは深くは省みない。もう永遠にいなくなってしまった星白の、そのコピーに執着し物語は動いていくのだろう。こうした「歪さ」が最高に弐瓶っぽいところだ。こうした側面を考えるとき、現在賑やかな谷風の周りの「ヒロイン候補」たちには残酷な結果が待ち受けているような気がしてならない。

 

アニメ化される際は、単純なハーレム萌えロボットアニメとしての側面ばかりが強調されるだけでなく、弐瓶本来の濃密なSF的表現や構成が損なわれないことを祈るばかりだ。

 

シドニアの騎士 1 (アフタヌーンKC)

シドニアの騎士 1 (アフタヌーンKC)

 
シドニアの騎士(11) (アフタヌーンKC)

シドニアの騎士(11) (アフタヌーンKC)