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ディオゲネスの宴

漫画の紹介と、感想を書いていきます。

若杉公徳『デトロイト・メタル・シティ』

若杉公徳デトロイト・メタル・シティ』とはなんだったのか。

2005年から2006年ころ、ネットにおいて圧倒的な歓迎を受けた本作は、大人しい主人公が豹変するデスメタルの世界を面白おかしく描いた作品とよく紹介される。一方でデスメタルに通暁する人々からはこれはデスメタルではない、これでデスメタルの印象を持ってほしくない、という感想も見られる。この論点でけっこうケンカになることもある。こうしたデスメタル(あるいはヘヴィメタル)をこの漫画は真に描けているか、という問題はwikipediaに本当に端的にまとまっている。

 

さて私はこの漫画に対してはむしろ逆の印象を持っている。この漫画で真に描かれているのはデスメタルではなく、主人公根岸の普段の姿である「渋谷系」の方ではないかと思っているのだ。

 

実は白塗りで卑猥な単語を連呼する豹変後の姿よりも、その前の「渋谷系」的振る舞いや「渋谷系」的キャラ(代官山にいるようなオシャレなキャラ)のほうの描写がより丁寧なのではないかと感じているのだ。

 

渋谷系」とは何だったのか

一体「渋谷系」とは何だったのか。これは今後音楽シーン、あるいはファッションの文脈からその道の識者が導き出すであろうもので、本稿では到底答えを出せるものではない。ただ言えることは、実は『デトロイト・メタル・シティ』はそうした「渋谷系」なる文脈を何とか切りだそうと試みた作品ではなかったか、ということだ。

 

ヒロインの相川さんや主人公根岸の普段の嗜好の描かれ方は非常に丁寧だ。表向きのテーマ「デスメタル」が際立つが、実は作者若杉は裏テーマ「渋谷系」を設定しているように感じる。ネットで華々しく喧伝された表向きの「デスメタル」を面白おかしく描写する裏で、「渋谷系」への丁寧な仕込みがある。この漫画が単に一過性の流行漫画として読まれるには惜しい部分はまさにここにある。

 

私のちょっと上の世代に流行した「渋谷系」。『デトロイト・メタル・シティ』の騒がしさのなかに、どこか「渋谷系」の懐かしさ、「何だったのか?」感を感じた人も多かったのではないだろうか。

 

そして若杉公徳はこうしたある種の文化、振る舞いを戦略的に描こうとしているように思う。みんな!エスパーだよ!』では故郷大分の田舎な感じ、『KAPPEI』では都市の私大に通う大学生の雰囲気。作品の表向きの主題とは別に、なにか当世の人間の文化的ありかたを描きだそう、えぐり出そうという気概を感じるのだ。KAPPEI』で笹塚駅がさらっと出てくるあたり、非常に都市の大学生が醸す雰囲気を十全に発揮していると感じる。

 

こうした点はなかなか他の作家にはない部分だ。若杉公徳は色モノ漫画家ではないぞ。恐ろしいほどに我々の生きる現代の一部分を描出しようとしているのだ。