ディオゲネスの宴

漫画の紹介と、感想を書いていきます。 『BLAME!』全話紹介&解説を書いて行っているのですが、大分放置しておりすみません。桜井のりおは神。

【BLAME! 関連短編紹介&解説】 BLAME!2 第八系子体プセルの都市構造体脱出記

2008年の短編。霧亥が都市の通信を回復したずっと後のお話。珪素生物の女性が、霧亥の通ったあとを辿りながら旅をしている。彼女は都市のはてまでたどり着き、造換塔のその先に行こうとするも、駆除系に阻まれて負傷する。そこに霧亥が助けに現れて、彼女は無事に都市の外側に脱出。人間に破壊された故郷を再建するために更なる旅に出る。


・この話、ストーリーはあってないようなものなんだけれども、色々重要な視座を孕んでいる。

・まず、この話もまたネットスフィアエンジニアと同様に、『BLAME!』世界の新しい物語になっていくかというと、そうでもない。今まで構築されてきた世界観にある種の決着をつけるような構成になっている。2点ほど、見ていこう。

 

・霧亥が珪素生物を助けているところ。霧亥という人物の性向としては、大きく2つの要素がある。

Aネット端末遺伝子を見つける目的意識を持っていること
B珪素生物に強い恨みを持って攻撃意識を持っていること

ネットスフィアエンジニアと今作とで、これらABともに解体されてしまったことがうかがえる。ネット端末遺伝子を見つけてしまったし、今作では怨敵である珪素生物を助けてしまった。霧亥らしさ、霧亥のキャラ。今まで構築していた要素が解体された。

・非武装木星観測者は問答無用で殺害するのに、可愛い女の子珪素生物は助けちゃう。私も以前、霧亥がスケベでむっつり野郎だからこんな風にしたのだ、と半ば冗談で書いた。もちろんそうした見方も可能だけれども、実態のところとしては霧亥の心理に何か革新が起こって、珪素生物を赦すことができるようになったのだろう。当然その理由は明らかにされない。ただし、霧亥のもう一つの構成要素たる「ネット端末遺伝子の捜索」が完了したことと無関係ではないだろうと思っている。ネットへの接続は少年が担うのだろうけれども、霧亥もその内に間接あるいは直接にネットの知識に触れることも多くなったことだろう。そこで、人間と珪素生物の連続性なんかを知る機会を得たのかもしれない。あるいはもっと直接的に霧亥自身の記憶や来歴を回復させたのかもしれない。とにかく、ネットに接続することで、記憶喪失の霧亥に刻まれていた二つの強烈な意識付けが解消されたに相違ない。霧亥は自分の身体に纏われた呪縛から解かれた。ようやく自分自身の意識や活動を取り戻したのかもしれない。そこでは、警官以来の優しい人々を守る側面が、珪素生物へも射程を伸ばし強調される心性になったのかも。ということでこの短編は、プセルちゃんの物語なんだけれども、その背景では霧亥の物語からの解放が暗に示されている。

 

・人間の珪素生物への攻撃が描かれている点にも注目したい。『BLAME!』って、広大な階層都市の風景や、電脳世界の寂寥感などが特徴として強調されがちだ。もちろんそれはそうなんだけれども、もう一点大切な論点があると思う。それは、作品中の対立する諸勢力が実は連続性を持っており、力関係や属するキャラクターが状況次第で変転する点だ。たとえば、サナカンがまず解りやすくて、セーフガードなんだけど人間のシボの中で人間性を培って、統治局の代理構成体になって、最後は何にも所属の無いただのサナカン(人間といっても良い?)として生を終える。シボは、人間として生まれてセーフガードの機体に乗り移って、さらに人間に戻って、最後には遺伝子の胚入りの駆除系になってしまう。霧亥はさんざん議論したけど、人間~セーフガードの密使~人間? とにかく、メインキャラたちは対立する勢力を渡り歩き、性向や身体性を大きく改変させていく。また、ドモチェフスキーとイコもこうした観点から見ると大変面白い存在で、いままで散々敵として(克服するべき存在として)描かれてきたセーフガードが、主人公たちと共闘する構成を展開させる。このように、諸勢力やそこに属するキャラクターは極めて相対的だ。

・その最後のパズルのピースと言えるのが、人間→珪素生物への攻撃だ。いままで、サナカンが珪素生物を虐殺していたけれども、一般には珪素生物の方が人間より強力であることが描かれてきた。本作では、それが逆転する可能性があることが明示された。場合によってはどんな勢力でも優位に立つシチュエーションがあること。勢力もキャラクターも、強さや立場は相対的で横断的だ。それが改めて強調されたのが本作と言えるだろう。

・こうした相対性に関する感性は、弐瓶氏の続編でも通底する要素として発揮されている。『シドニアの騎士』でガウナが人間そっくりなコピーを残したり、とかね。

 

・あとは細かい点。「百碍無操教示」「趨醒」とかの単語。珪素生物がかつてはある「教団」だった雰囲気がよく解る描写。文字の意味は解らなくても、なんとなく珪素生物が年少者に教育を施していることが解る。こういうの、いいよね。独自の単語だけれども、何をしているのか明確に把握できる。こういう技術が弐瓶漫画にはちりばめられている。

・建設者から電力や装備を奪う。珪素生物と建設者には互換性があるようだ。というか、この世界の諸勢力はそれなりに互換の技術が成熟していそうだ。

・助けに来た霧亥。この霧亥やたらかっこいいなぁ。この時期の絵柄で霧亥。いいなあ。

・霧亥はたまたまここにいたんだろうか? その可能性もあるけれども、あるいはネットスフィアエンジニアの主人公みたいに何か通信網があって、造換塔へ挑む者がいたのを感知してここまでダウンロードなどでやってきたのかもしれない。

・霧亥のプセルの持ち方。古くから我々のインターネットで「その持ち方はねーだろ」と言われてきたところ。でもこれ以外の姿勢って意外といい案がない。肩組んだりとかも何か変だし……。霧亥と珪素生物との微妙な間柄がわかってこれで良いのかも、しれない。

・地味に、『BLAME!』世界での普通の宇宙空間が初めて描かれた。恒差廟みたいなのもあってサービス精神旺盛だ。都市の外側ってこんな感じなんだな。あと、霧亥が出たところと異なり、水がないところもあるのもわかる。

・プセル。このプセルめっちゃ好き。そりゃ可愛く描かれてるから可愛いのは当たり前なんだけど、人間の集落に入っちゃうドジなところがあったり(それに気づくコマの表情が可愛い)、今まで人気がありつつも生活が謎に包まれていた珪素生物の社会を示してくれる。まぁ、人間の集落に踏み込んじゃうところは、年若いうちに故郷を失い、通信や感知のデバイスやテクニックが未成熟なんだろう。今まで珪素生物はわりとぶっ飛んだやつらが多かったんだけど、なんかこのプセルは普通そうだ。珪素生物にも、種族の分岐があったり、非戦闘員がいたりと、多様なんだろう。