ディオゲネスの宴

漫画の紹介と、感想を書いていきます。 『BLAME!』全話紹介&解説を書き終え、現在は浦安鉄筋家族について書いてます。桜井のりおは神。

【BLAME! 関連短編紹介&解説】ネットスフィアエンジニア

2005年の読み切り。霧亥がネットスフィアとの交信を復活させた1000年後の世界。ある階層に生きている造換塔が発見された。階層の人間では手に負えない。そんなところに、解体屋を名乗る男が現れて、事態の終息をはかる。


・このお話では、霧亥がクエストに成功した後、都市世界をどのようにしたのかが描かれている。すなわち、ネットスフィアとの通信が可能になった基底現実において、都市世界をネットスフィアに依存した社会にはしなかったのだ。そんなことが示される。

・階層都市にはネット端末遺伝子を持たない人々が住んでいる。本作で示されるように文明が発達したところもある。長老やサキシマさんのように、ネットスフィアの知識ではない科学知識で通信や感知が可能だったりする。こうした都市内部に生きながらえた人類を、ネットスフィアに接続しうる以降も、そのままにしておくという判断がなされたということがわかる。

・これは霧亥らしい判断だ。もともとセーフガードへの密使として活動していた霧亥。セーフガードのねらいに批判的な勢力だ。セーフガードはネット接続を正式にできる人間を保護するが、そうじゃない人間は排除する。ネットに接続できる人とそうでない人との割合は『NOiSE』からある程度推し量ることができる。貧しい多くの人々はネット接続をする資格がないのだ。そのまま、都市の増殖に呑まれた多くの人類がいたことだろう。霧亥は、そうした人々を守るような立場にあり、セーフガードに密使として参与した。ということで、ネット端末遺伝子がなくとも人類がありのままに生きていける世界を、霧亥は階層都市のなかに構築した。単純に言えばセーフガードがでなくなるくらいで、あとは何もしないでそのままにしたんだけれども、この判断は重要だ。ネットスフィアが多くコントロールする社会にはしなかった。そこに今生きている人々のものにした。霧亥は長い長い時間をかけて、ネットスフィアによる電脳通信世界の頸木を外したともいえるだろう。

・けれども、暴走して肥大した都市の管理・保守メンテナンスは必要だ。それはネットスフィアのシステムに依存しているから、ネットスフィアの機能をゼロにしてしまうことは不可能。都市の基礎的な保持にはネットスフィアの技術を使う。しかし、出しゃばるようなことはしない。物語冒頭の文句「見えざる主が都市から去り」とはそんな状態を指すのだろう。それでまた1000年がたった。

・物語では建設者が登場する。上で述べた通り、ネットスフィアの技術が階層都市の保守管理のために用いられ、建設者も動いているのだろう。

ネットスフィアで都市を運営していると、どうしてもバグのようなことが発生する。人類にとって危険な造換塔なんかが生成されてしまい(あるいは太古に生成されたものがそのままになってしまっており)、人類に危害を加える。人類の側も、太古の技術の知識を(塊都の人々のように)何らかの方法で得ており、利用しようとする。しかし、それが極めて危険なものとは認知していない。

ネットスフィアによる都市の維持にアクシデントが起こった場合にやってくるのが、本作の主人公なんだろう。額には統治局のマーク。通信を聴いてやってきたと言っている。普段はネットスフィアにいてダウンロードして来たのだろうか。あるいは普段から基底現実で過ごしていて、造換塔発見の通信を傍受し(あるいはネットスフィアに感知させており)、広い階層世界を一旦電磁的な存在になって移動して来たのだろうか。どっちでも俺はグッとくるなぁ。

 

・俺は本作の主人公が、霧亥が育てた胚から生まれた少年が成長した人物だと思っている。もしかしたら違うかもしれない。作中に明言はない。ただ、ネットに悠々と干渉できる要件を満たす存在は、作中では彼だけだ。だから彼が、霧亥や、シボやサナカンの、あるいはセウの息子なんだろうと思う。遺伝子的にはセウ(シボ)とサナカンの息子。顔つきセウっぽいよね。

・重要な問題がある。防護スーツを着ていないのだ。『BLAME!』最終話では、胚から生まれた少年は防護スーツを着ている。これは都市に感染性の何かが蔓延しており、人間の生成の早い段階で、ネット端末遺伝子が失性してしまうからだとかつて推理した。だから、ネット端末遺伝子を持つ子供の胚は都市の外で成長するよう設定されていたのだろう。ところが、本作の青年は防護服を着ていない。替わりに、ペンダントみたいなものを首から下げており、これがセーフガード除けになっているようだ。兵士の女性が着けても同じように機能するから属人的ではないデバイスのようだ。おそらくどこかの段階で、感染性の何かに耐性を得たのか、あるいはあのペンダントこそがネット端末遺伝子の役割を果たしているのかも(無線LANルーターみたいな受容器?)。機能性・機動性を得るために、遺伝子を外部に抽出した可能性を指摘したい。だから女性にペンダントを渡した後は普通に戦闘になってしまうし、最後、造換塔を解体する時は無骨なやり方になる。

・造換塔、人間にはかなり解除しにくい構造だなぁ。本来なら専用の建設者なりなんなりがあって、カバーを外して、安全に機能を停止させるのだろう。人間向きの構造になってない。

・駆除系。遺伝子を持っている人に対しては黙って立っていて何も反応しない。可愛らしくすらある。首の後ろに機能を停止させるツボがあるようだ。専用のデバイスで押す。時計とかの押しにくいリセットボタンみたいな造りになっているようだ。

 

・この話には「ついに今『BLAME!』の続編が始まる!!」と銘打たれていたそうだ。しかしこの短編はどちらかというと『BLAME!』の作品世界を閉じようと、着地させようとしているように私は思える。だから2話目以降がないのもなんとなく納得してしまっている。すなわちこの物語では、『BLAME!』の主題だったネット端末遺伝子の捜索が終わり、それがどう階層都市に用いられたのか(どのような効果をもたらしたのか)が明らかにされた。物語の目的の大なる部分の「答え合わせ」をしているような短編だ。もちろんお話自体は大変面白い。けれども、作品世界の主題を補完するような構造になっており、悪い意味ではないけれども新規性、新機軸といったものは多くはない。この時期、そうした新規性や新機軸といったものはすでに弐瓶氏は別の連載作品(『ABARA』や『BIOMEGA』)で展開されていた。

・この後の『BLAME!2』にもそんな性質が読み取れる。詳しくはそちらでも語ってみよう。

 

・もともとネット端末遺伝子を持っていた人はどうなったんだろうか。たとえば、『BLAME!』後半に出てきた女の子や、彼女が送られた臨時的な空間にいた人々。彼らもきっと、彼らが住むに相応しい場所を彼ら自身の判断で選べるように、霧亥や青年が差配したのだろう。ネット端末遺伝子の有無で差別がないような世界が構築されたのだろう。そうなってくると、いよいよこの階層都市で語り得る物語は少なくなる。弐瓶氏の関心はやはりこの時期においては『ABARA』や『BIOMEGA』に描かれる世界に向けられていったのだろう。