ディオゲネスの宴

漫画の紹介と、感想を書いていきます。 『BLAME!』全話紹介&解説を書き終え、現在は浦安鉄筋家族について書いてます。桜井のりおは神。

完全コミック版 グラハム・ハンコック『神々の指紋』

かつて一世を風靡したオカルト本『神々の指紋』の内容をコミックにしたもの。南極大陸にかつて超古代文明があり、エジプトや中南米などの文明へその知識が継承されたというのが大まかな論旨だ。日本で流行ったのは1996年から1997年くらいの時期だ。コミック版は、今本作奥付を見ると第一刷は1997年2月20日とある。

 

 

 

細かい内容はこうだ。まず、オカルト好きなら定番の「ピリ・レイスの古地図」を皮切りに、南極大陸が今よりも温暖な地気にあり高度な文明があったと説く。ところが突然現在の位置まで南極大陸が移動してしまい、文明は衰退に向かう。そして前述の通り現代に連なる諸文明にその「指紋」が残されたという内容だ。

 

この漫画の何が素晴らしいか。これは、人間の好奇心を掻き立てる仕組みがほぼ完ぺきに近い形で実現していることだ。

 

本作はオカルトを扱う以上、冷静に考えるとどうしても論理展開に無理があるし、超古代文明の存在とその痕跡を追う構成になっているから魅力的なキャラが登場するわけでもない。ストーリーも飛躍しがちだ。画もところどころ雑なところがある。普通これだけのマイナス点があれば漫画は面白くないのだが、本作は決してそうはならない。

 

なぜそうならないのか。それは、常に鮮烈な「謎」を提示し、「謎」に向けてハッタリを効かせた展開を用意し、無理はあるがとにかくロマンがある答えを用意するからだ。ここに本当に本当にドキドキする。科学的な正しさはないが、人の心をつかむための作法としての正しさがある。キャラにも科学的な論理にも頼らない。ただオカルトを観測することの楽しさに純粋に担保された魅力。これがこの漫画の良いところ。そういう意味でこの漫画は澄み切っている。

 

絵を担当した村野守美は、多くの物語や伝記の漫画化を手掛けた。こうした経験から、グラハム・ハンコックの戦略を充分にわかった上で描いていると感ずる。多少絵が雑でも、好奇心を掻き立たせれば「勝ち」なのだ。

 

私はこの漫画を中高生の時期に読んだのだが、本当に幸せな体験だったと思う。もちろん、当時であっても漫画で説かれる内容が本当ではないことは理解している。けれどもこの漫画を読んだ夜にベッドに入り寝るときに、本当に幸せな気分になった。人間の想像力やロマン、創作というものに対しきわめて温和でポジティブな感情になれた。寝る前に色々と考えることは誰でもすると思う。そんなときに、この漫画(と原作)の知識があるか否かでずいぶんと幸福度が変わってくる。

 

こっからはやや蛇足。「萌え」なるものが流行し、本来は白と黒線で表された絵に過ぎない構成体に人としての設定を課しキャラクターに飾り立てし、さもそれを本当の人間そのものとして説示する昨今の風潮がある。要は、キャラを大事にする風潮がある。リアルの人間がフィクションのキャラに執心し、キャラを愛したりキャラの挙動に一喜一憂する風潮がある。ま、別にそうでもいいのだが実はそんなことがなくても漫画は面白くできる。面白くなるやり方はいくらでもある。現代の諸コンテンツはもちろん大変面白いのだが、他方それがなくても面白くできる。それは覚えておくべきだ。