ディオゲネスの宴

漫画の紹介と、感想を書いていきます。 『BLAME!』全話紹介&解説を書き終え、現在は浦安鉄筋家族について書いてます。桜井のりおは神。

私説『浦安鉄筋家族』の歴史4 元祖18巻〜元祖28巻

元祖18巻〜元祖28巻(2007〜2011)

元祖の前半はリニューアルへの取り組みとその失敗、その後の停滞に象徴される。空気が改まったのは18巻だ。初期にはボツにしようとし担当編集に説得されて、ボツにならずに済んだエピソードもあったという。長期連載の苦闘のなかで一人のキャラクターが生み出された。大食い少女のノムさんだ。この章では、今でも人気の高いノムさんを主軸に、元祖後半の浦安の動向を振り返ってみよう。

一般に、可愛いノムさんが登場したあたりから、浦安の「萌え」化が本格化したと言われる。この指摘は的外れという読者は少ないだろう。ところが事態はそれにとどまらない。本稿ではノムさんの登場が、浦安全体の雰囲気を革新させたことを論じてみたい。

『元祖! 浦安鉄筋家族』18巻(秋田書店、2007、62〜63頁)。記念するべきノムさんの初登場回。


他の多くのキャラクターと同じく、ゲストキャラとしてノムさんは18巻に登場する。ノムさんは旧来のゲストキャラと大きく異なるところがある。派手なエフェクトを伴いつつ、他者に暴力や被害というものを与えないのだ。

まずは旧来のゲストキャラをみていこう。作品に糞の泥を塗る国会議員。猛獣で被害を出す松五郎。あかねちゃんの尻を貫く44浣腸の穴川ションジー。ゲロを吐く米異、不二家ペロー。地上最強の母親花園勇花。ジブリをなんだと思ってるんだ宮崎キキ。とにかくゲストキャラは元気で派手で下品で暴力的なパターンが多い。一方で、一話だけ登場してフェードアウトしていくゲストキャラがいる。こうしたフェードアウト型のゲストキャラは、比較的静かなキャラクターであることが多い。古くは星野寅吉。蝶野虫男。シャツ男。例外も多いけれども全体の傾向としては「動」は残り、「静」は消え去る傾向にある。しかし連載のこの時期にあたっては、以前に述べた通り派手な暴力や下ネタは退潮している、という問題点を抱えていた。

次にノムさんをみていこう。ノムさんは大食いという派手な「動」を持ちつつも、他者には被害を加えない女の子だ。先述の特徴と課題とを見事にクリアする。この絶妙とも取れるまさに「新キャラ」が、作品の屋台骨を支えるというか、作品自体を刷新していく。

他者に被害を加えないという事柄と関連して、もう一点、ノムさんの功績がある。ノムさんは他のキャラクターとの親和性が極めて高いのだ。先述の暴力的なゲストキャラたちはキャラクターが色濃い。国会議員なんかがわかりやすいのだけれども、小鉄軍団と対話し協調するような存在としては描かれない。人の言うことを聞かないタイプが多い。

一方でノムさんは、大食いキャラであるのに、大食いキャラであることをちょっと恥ずかしく思っており、他のクラスメートと対話しやすい構造にあった。具体的にみていくと、まずはフグオだ。フグオも食べるキャラなんだけれども、あっぱれに至るまで両者は絶妙な距離感、でそれぞれの守備範囲をこなしており、「キャラが被る」ことがないのだ。フグオには対になる女の子が何人か配備されかけた。山上ハイジ子や森永モナカなどがそう。彼女たちはあくまでフグオと同ベクトルの存在であり、ついに特定の守備位置を得ることは叶わなかった。他方、フグオの持つ食への不思議なパワーと、ノムの持つ食事への恥じらいと爆発力は、実は結構距離感があるのだ。

第二には、意外にも涙との親和性がある。ロッテつながりだ。これは作品が長期にわたって連載されたからこそ生まれた偶然なのだと感ずる。ただ、偶然も一つの大きなファクターだ。

第三には、晴雄との関係がある。何度かのクリスマスネタなどを経てもたらされる不思議な友人関係は、実は作品世界に珍しく、大沢木家と学校の子供達とが結びつく。
そしてもちろん、歴戦の小鉄軍団ともノムさんは可憐に結節点を持つ。作者の当初の見通しとは裏腹に、ノムは網の目状に人的ネットワークを構築しえ、ギャグのエンジンになった。

こうした、他者と面白おかしく関係性を持ちうると言う点こそが、実はノムさんの隠された功績なのではなかろうか。ノムさんは単品での「萌え」だけではないのだ。キャラクター同士の掛け合いの可能性を多分に含むキャラで、そこから生まれる笑いを、少しづつ作品全体にもたらしていく。そして、この時代はこうしたキャラクター同士の可愛い掛け合いこそが「萌え」と自覚されつつある時代だった。

『元祖! 浦安鉄筋家族』25巻(秋田書店、2010、106〜107頁)。ノムさんは優しい性格で作品中の様々なキャラクターと関係を構築しやすい。

こうした作品世界の変質を外的要因からも探ってみよう。元祖後半期は、チャンピオンに新世代のギャグ漫画が登場した時期に重なる。当然、浜岡もそうした時代の雰囲気を日々肌で感じ取っていただろう。桜井のりおみつどもえ』と安部真弘『侵略! イカ娘』を軸に据えて考えてみよう。連載開始は桜井『みつどもえ』の方が先んじるが、ここでは安部の作品から見ていこう。

安部真弘は落ちないフォークで三振が取れるタイプの漫画家だ。私は「イカ娘」や「不思議研究部」をチャンピオン誌上で見るくらいにしか読んでいないが、もし、「イカ娘」を浜岡賢次が書いていて、単行本に作品自評が載っていたら……と想像する。毎回辛辣で自虐する自評を繰り返したことと想像する。浜岡はオチをしっかり取るよう目指すタイプだ。それが当たり前と思っている。他方安部はそこまで厳密にこだわらないし、それで三振が取れる。イカ娘可愛いのだ。ほんとに。それで万事オッケー。

オチのないオチでも行けるのだ。浜岡がオチを放擲することはもちろんないが、この時期からマイルドなオチ、不思議なオチが立ち現れる。また浜岡自身が「苦手」と語る人情オチも散見されるようになる。これらの要因として、安部の「イカ娘」は隠然と影響を与えているように思う。

桜井のりおは、浜岡賢次の思想史上の弟子として捉えうる。なにせ浜岡に憧れてチャンピオンで描くことを選んだからだ。初期には「子供学級」で淑意を示しただろう。松井さんなんてのはあかねちゃんみたいなものだ。桜井の出色「みつどもえ」は3巻くらいから味が出てきて、女の子たちはちょっとエッチに可愛らしく笑いをもたらした。桜井の得意分野は、会話とシチュエーションから織りなすギャグだ。これは現在の快作「僕の心のヤバいやつ」に十二分に継承されている。うんこや身体表現そのもの(動き)がギャグになる浜岡賢次とは、桜井は実は得意分野にやや差異がある。こうした桜井の描く可愛らしい女の子たちの勘違いや妄想、思考の暴走から構築されるギャグは、例えば浜岡のNYAに直輸入されている。3人というのがいい。古来より、可愛い女の子は3人組なのだ(しらんけど)。NYAはそこに一捻り。ありがちな女の子3人組っぽい構成で、小鉄軍団を外的に支える。浦安に会話や人間関係の妙味が増えるのも、この元祖後半期だ。新しいギャグ漫画を研究していた浜岡によるストラグルの様子がうかがえるのではないだろうか。

 

『元祖! 浦安鉄筋家族』27巻(秋田書店、2010、48〜49頁)。NYA3人組の勘違い会話芸。この時期の、特に桜井からの影響が大きい一話と感じる。



ノムを中心に事態の転換をみてきた。この時期はキャラとキャラとの合間というか淡いというかが笑いにつながる話が多くなる。初期浦安の大仰なギャグはもちろんエッセンスとして作品に伝わるも、キャラ同士の掛け合いという穏やかな要素が表に出る。元祖初期の苦闘に対して、こうして一つの答えがもたらされたのだ。

読者にとってはこうした激変は戸惑いのタネになる。特に初期から浦安を見てきた読者はそうだろう。元祖初期のスランプ期(のちに作者がそう評している)に離れた読者も多かったかもしれない。あるいは、今ネットで浦安の話をする際に、面白かったのは無印〇〇巻まで! という議論が起きやすいのもこうした事情によるのかもしれない。初期からの読者が大人になるのと期を一に、浦安の「黄金期」や「萌え」化など様々に浦安が語られるようになった。

こうしたネットにおける議論と裏腹に、元祖後期は多様な人的関係が構築され、新しい笑いのスタイルが構築されていく。